お題サイト「確かに恋だった」様からお題をお借りしました――「恋したスパイに10題」
「ナイン」
「ん?」
「今のお前といると、つまんない」
自分でもよくわからない。とにかくむしゃくしゃしていた。
あっさりといい奴になってしまったこいつに苛立ったのか、そんなことに苛立っている自分に気づいてむかついたのか、それもよくわからない。平々凡々と、「まともな人」になってサウスピ団も解体して安穏と暮らしているこいつにむかついた。むかついた、というカテゴリに入る感情なのかすらもわからない。
昔のこいつに聞いたらこれがどういう感情なのかを教えてくれる気がしたけれど、今のこいつにはいまいち期待できない気がする。
「あんた、今までのこと、ほんとに覚えてないのか」
「……あまり」
「たとえば、俺に何を言ったか、何をさせていたのか、そういうことも?」
「すまないな」
そう言って、一応は本当にすまなそうに眉を下げるこいつが嫌いだ。俺が今まで見ていたものは、何だ。誰だったのだ。
ここまで連れてきておいて、行き止まりに放り出してさようならだなんて、あんまりだ。
「………嫌いだ」
「…それは、前からか?」
「さあ、たぶん」
そうしてその優しい優しいNo.9の肩に体を寄せる。以前とまったく変わらない少し冷たい指が頭を撫でた。その冷たい指が耳を掠めるたびに、ああ、違う、となにかが疼く。
「ナイン」
「ん、」
「お前、多分、迷子だったんだよ」
それで本当の道を見つけたから、だから俺のことは置いて行くんだ、そうだろう。囁いた言葉は布地に浸み込んで、聞こえたかどうかは分からない。
返答に困ったのだろうナインは「私はもうナンバーズではないよ」と返答にもならない答えをして、黙り込んだ。
俺はこいつを知らない。こいつも多分俺を知らない。あの時そのまま連れて行ってくれたなら、何も考えずにいられた気がするのに。