初めて、ジャックナイトとしてバシン君と戦った。
ごくあっさりと、彼は負けた。
その瞬間に胸を灼いた炎が何なのか、
それが空しさと共に消えてしまった今では判らない。
ただ、心の僅かな隙間の感情が、初めて彼を憎んだのを自覚した。
ぐちゃりと心臓を鷲掴みにされるような苦痛と不快感。顔が熱い。息が出来ない。
ドアを開けて、広々とした部屋に帰りついた途端へたりこんだ。
ぜぇ。はぁ。
荒い呼吸。過呼吸。情けない様が脳裏に甦り、肺を押し潰す。
惨めな敗北。それを彼に与えたのは他でもない僕だ。
だけれど僕はそれを望んでいたのではなかった。きっと心の奥で彼の強さを信じていたのだと思う。それなのに彼は負けた。
何で。何でだ。同じ所を、同じ高みを見ていたのではなかったのか!
仲間と言ったあの言葉は、僕が強さを求めるその理由を知った彼は、まるで幻だったかのように僕の中で汚れた。
身体的なものか精神的なものか、苦痛に滲む視界を拭って立ち上がる。視界をよぎったその袖の色が黒だった事にどきりとする。動揺。そんな訳はない。この姿は自分で望んだものなのだから。
ふらりと立って、沈むようにソファに腰掛ける。窒息したように白く雲母の煌く視界。前が見えない。
ああ何て。愚かしいこの感情を持て余して、如何やり過ごせばよいのかが判らない。
なんて弱いなんて愚かなんて醜い。地べたで這いずる虫けらを蹴散らして進まなければならない道である事は承知している。だけれどそれはとても痛い事なのに。それでも手を繋いで共に行けるのだと、信ずることができたのに。
振り返ったら、君は後ろの地べたに座り込んでいた。
その姿を見下ろす僕は日陰のように暗く、君の鮮烈な赤い輝きは褪せている。
何故。何故君が、そんなにも弱い。そんなことでは僕は。
「ジャックナイト」
ふぅっと視界が元の色に返る。気がつくと目の前にスマイルが座っている。
「大丈夫か?」
珍しく心配そうな色を琥珀の瞳に滲ませて、穏やかな声が脳を揺らす。
だめだ。この人のこういうちょっとした(そして多分気まぐれな)優しさに頼ったら、僕は本当に帰れなくなってしまうというのに。
「スマイル………」
「なんだ」
「…なんでもない」
言いたいこと、…言うべきでないこと。自分は彼に何を言おうとしたんだろう。弱音?そんなもの吐く訳にいかないのに。この人にそんな所見せるべきではないのに。第一、言ったってどうなる訳でもないのだ。あの人のことを彼に言ったところで。どうにも。
「んな泣きそうな顔して言うな」
ぽん、と頭に手を載せられた。あたたかい体温がしみる。ぐらり、視界が揺らぐ。揺らいでにじむ。
「無理すんなよ」
頬の上を、熱い雫がつうっと流れていった。
あ。
ああ。
やめろ、止まれ。
そう思っても自分の意思とは関係なく、涙は止まらずに次々と流れる。
この人に、こういう弱いところを見せたくなかったのに。ぼろぼろと、何かが崩れるように流れる。
「…ジャックナイト」
そしてスマイルは僕を何度もジャックナイトと呼んでくれる。この人にはわかっている。僕が「J」ではないことを分かっている。僕をジャックナイトだと呼んでくれる。
しゃくりあげる声が次第に嗚咽に変わり、その涙が止まるまでずっと、優しい手が背中を撫でていた。むずかる子供をあやすように。
僕は、高熱の出た子供のようにただ泣いた。